映画「萬世流芳」は、アヘン戦争に題材とすることによって中国人の愛国心を宣揚するという映画である。
日本軍部の宣撫担当者に対しては「大東亜共栄圏」のために中国と日本が手を結んで欧米に立ち向かう映画としてお墨付きを獲得する。しかし、歴史に名を借りて現在を諷するという中国人に伝統的な考えからすれば、愛国・救国の精神を高揚するこの映画は、抗日の映画とも解釈できるであろう。実際、山口淑子の回想によれば、この映画に参加した中国人はほとんどが抗日派中国人であったという。したがって、この映画は日本軍の占領地のみならず、重慶の国民党や共産党支配下の地域でも上映され、中国の映画史上、空前のヒットとなった作品であった。
「萬世流芳」は戦時中の日本でも短縮版が公開されたが、あまり評判にはならなかった。戦局悪化の時期に、中国人が制作した中国語の映画、しかも中国の救国愛国の物語に日本人が関心を示すことはなかったろう。
満映から参加した李香蘭をのぞけば、監督もスタッフも俳優もすべて上海映画を支えてきた中国人であり、李香蘭が唄う賣糖歌と戒烟歌の作詞作曲も中国人であった。沢口靖子主演のテレビドラマの「李香蘭」では、阿片窟から逃走してきて山小屋に隠れた鳳姑(李香蘭)と星空のもとでこの歌を歌うシーンが再現されていて撮影が終わると感動したスタッフが駆け寄るというシーンがあった。 李香蘭は最初のうちは満映から参加してきた異分子として警戒されていたのだが、 この飴売り娘の役を可憐に演じることで、スタッフにとけ込んでいく?そんな情景が描かれていたように記憶している。
この映画では植民地と化しつつあった中国の民衆に愛国と救国の情熱をかき立てるものであったが、殉難の悲劇を演じるのは女性たちである。李香蘭もそういう一人の女性を演じたのであり、鳳姑も映画の中では銃殺されてしまう。そのことは、この映画の真意が抗日であったことを知っていた彼女にとって非常な心の重荷になったであろう。